視察「近代大阪の建築を訪ねる午後」を実施
文化・芸術の力委員会(委員長=久保行央 トヨタモビリティ新大阪 代表取締役社長)では、9月30日、「近代大阪の建築を訪ねる午後」を実施しました。参加者は、大阪に今も残る「大大阪時代」の名建築を訪ね、表情豊かなデザイン、歴史的な意義、そこに宿る建築主の思いを聞きました。
■安井建築設計事務所 代表取締役社長 佐野吉彦氏
建築は、シビックプライドを醸成する存在だ。建築を通して時代がわかる。大正末期から昭和の初め、大阪は大きな発展を遂げた。大阪の建築の近代史を語るにあたっては、モダニズム前夜の建築も押さえておきたい。近代建築として最も古いのは、泉布観(1871年)で、1903年には、日本銀行大阪支店(辰野金吾)や小西邸が建てられた。1920年代後半~30年代は、モダニズム百花繚乱期となる。大阪のモダニズム建築は、バウハウスやシュルレアリスムなど世界の潮流と共振していた。1941年の太平洋戦争突入により停滞を余儀なくされたが、戦争があったにも関わらず、モダニズム建築の多くは残った。我々は今もその姿を目にすることができる。
高麗橋 ―船場の東口―
東海道五十七次の終点で、かつての大阪の玄関口。1870年、大阪で最初の鉄橋に架け替えられた。
旧小西家住宅史料館(1903年)
薬種商として創業した小西屋(現コニシ)の旧社屋。昔の大阪の商家の造りで、くすりの町・道修町の象徴として伝統を語り継ぐ場所となっている。
生駒ビルヂング(1930年・宗建築設計事務所)
宗兵蔵が担当の大倉三郎とともに設計。アール・デコを基調としたモダンな意匠を後世に残している。
綿業会館(1931年・渡辺節)
故 岡常夫氏(東洋紡績)の遺贈寄付を原資に建設。一つの建物に豪華絢爛な複数様式の部屋があり、先駆的な設備も特徴。リットン調査団など各国の要人が来館。
大阪ガスビルディング(1933年・安井武雄)と御堂筋
ガスビルは、近代都市大阪のシンボルストリートである御堂筋とともに誕生。建設当時「新時代の灯り」と称され、大阪の低層市街に浮かぶ不夜城のごとき存在だった。
大阪倶楽部(1924年・安井武雄)と北浜
南欧風の様式に東洋風の手法を配した建築は、安井武雄の”自由様式”の代表作とされる。倶楽部建築の原型を保持している数少ない例で大正モダニズムを今に伝える。


